01


時は彰吾と政宗が合流する数刻前に遡る。

後ろに下がらされた伊達の兵が見守る中、左腕一本で秀吉に宙へと引き摺り上げられた遊士だったが、その瞳は不利な状況に置いても尚輝きを失わず。鋭い眼差しが秀吉を睨み据えていた。

「ぬぅ…っ」

その威圧感に、優勢であるはずの秀吉が呻く。

「haっ…、どう、した…?今さら、怖じ気、づいたのか?」

左手に持っていた太刀は左腕を吊り上げられた時に手から離れてしまった。己の重みがかかる左肩はぎしぎしと悲鳴を上げていたが遊士は痛みを無視して減らず口を叩く。

「戯れ言を。今のお前に何が出来る?」

「ぐぅ…っ…の馬鹿力がっ」

掴まれた左腕、腕を守る為に付けられていた鉄の手甲が嫌な音を立てる。ピシリと手甲に罅が入り、遊士の背を冷や汗が伝う。

「遊士様!」

その様子に一も二もなく駆け寄ろうとした彰吾だったが、視界の隅で荒い息を吐きながらも体勢を整えた半兵衛が関節剣を繰り出したのを捉え舌打ちする。

「邪魔はさせないっ!」

弧を描いて迫りくる剣先を碧い雷を纏わせた右手の刀で弾き、同時に、溜めもなく刃先から雷の塊を半兵衛に向けて飛ばした。

「はぁっ!」

ばりばりと放電音を響かせながら碧い塊が半兵衛に迫る。大きさとしては鞠程度の塊。だが、直撃すれば威力は絶大で。

瞬時に、伸ばした関節剣を引き戻した半兵衛は素早く雷撃の軌道上から逃れた。

ドォンと雷撃の直撃した大木が煙を上げ、バリバリと音を立てて倒木する。まさに雷が落ちた時の様に地面が振動し、周囲にいた者達の動きを一瞬停滞させる。

「これはまた恐ろしいね。けれど…」

向けられた紫の冷やかな眼差しを彰吾は訝しみ警戒を強める。微笑を刻んだ唇がゆっくりと動き、

「ここまでだ」

ドスリと体に訪れた衝撃に彰吾は目を見開いた。

「――っ」

落ちる月の光が鈍く輝き、何処かで聞いたことのある声がすぐ側で言う。

「半兵衛様、これで…」

左腰に走った灼熱の痛みに防衛本能が働く。彰吾の体は考えるより先に動き、後ろに立つ男の顔面に裏拳をめり込ませた。

「っぐ!?がっ…!!」

そのまま流れる様な動きで持ち上げた左肘で後ろに立つ男の胸を突き、簡素な防具の上から男の息を詰まらせる。左腰の痛みに顔を歪ませ、庇いながら彰吾は左後方を振り返った。

「っ、お…前は!」

そこには、血の着いた小太刀を持ち、痛みに顔を歪めて膝を付く一人の伊達軍兵士がいた。

「豊臣の間者かっ!捕らえろ!」

遊士に下がっていろと命じられていた兵士達は、その命を無視して飛び出していった仲間の兵の行動に驚愕しながらも、彰吾から飛んだ鋭い命令に条件反射で動く。

裏切り者とはいえ数刻前までは共に笑い合っていた仲間。取り押さえる間際に生まれた僅かな躊躇いを、見逃さなかった銀の刃が切り裂く。

「ぎゃー!?っ、んで…半兵衛…さま…」

伊達軍兵士達の目の前で、横合いから伸びてきた関節剣に斬られて間者が倒れ伏す。

「…口封じか」

「念には念を、ね。君の犠牲、無駄にはしないよ」

ヒュンと伸ばした関節剣を元の形に戻した半兵衛を、彰吾は嫌悪感も露に睨む。

「その手で殺しときながら何言ってやがる」

「ふっ、どうやら僕と君は相容れないようだ。仲良しこよしだけでは何も守れやしないというのに。まぁ最も、僕らに必要なのはあちらだけだが…」

ちらりと半兵衛の流し見た先には秀吉に捕らわれ、ぐったりと頭を下に下げている状態の遊士。

「遊士様っ…、それはどういう意味だ竹中」

ずきりと腰に走る痛み。気を抜けば今にも崩れ落ちそうになる膝を彰吾は気力で震い立たせ、険しい声音で聞き返す。

二人から数メートル離れた距離にいた遊士は、彰吾の打ち出した雷撃で一瞬とはいえ出来た隙を突き、唯一封じられていない足の爪先を秀吉の脇腹に捩じ込んでいた。

「ぐぅうっ――!?」

その爪先は狙いを違うこと無く刀で切り裂いた脇腹を突き刺し、秀吉の手から力が抜ける。痛みと怒りに燃え上がった瞳を睨み返し、遊士は秀吉の防具に覆われた腹を蹴って、その手の中から一度は脱出を図った。



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